(日) 15:08 図書館列車書庫
魔法少女まどか☆マギカ、一応全部見たよ。
上手いし、よく出来てる。
色々タイムリーだったし、ポストエヴァって評価も受けるのだろう。

けど私は「友達100人できるかな」を推したい。どっちが優れているとかじゃなく。
これがひっそり終わってしまうのは淋しい。
友達100人できるかな(5) (アフタヌーンKC)友達100人できるかな(5) (アフタヌーンKC)
(2011/04/22)
とよ田 みのる

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既に図書館列車入りしてますが、最終巻と云うことで。
一年八箇月(準備も入れればそれ以上)の連載、お疲れ様でした。
最初はここまで化けるとは思いませんでしたが、最後まで期待を裏切らない素晴らしい作品でした。
Twitterでもフォローさせて頂いてますが、その人柄に嫉妬しつつ、漫画で笑い泣き楽しませられました。
次回作にも期待しております!

看護助手のナナちゃん<野村 知紗>【図書館列車書庫入り!】
20110424nana.jpg
「ヘルプマン」「医龍」「ブラよろ」的なストーリー漫画と云うわけでも無く、
見開き一ページの短編エピソード集です。勿体ないので少しずつ読んでいます。
母が寝たきりになった時に介護漫画を読んだり色々思うところも有りましたが、
色んな感情を越えた境地で認知症や末期癌の患者さん達と暮らす日々は
虚勢でも美化でも無く描かれ、一つの境地に至ったかのような慈愛に満ちています。

雑誌で一度見かけて好きだなぁと思ってましたが、まさか「とろ鉄」作者の奥様だとは!
どちらも市井の人々への暖かい目線が素敵な作品です。
とろける鉄工所(6) (イブニングKC)とろける鉄工所(6) (イブニングKC)
(2011/04/22)
野村 宗弘

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椿色バラッド(1) (ブレイドコミックス)椿色バラッド(1) (ブレイドコミックス)
(2011/03/10)
皇ハマオ

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和装少女萌え~。袴ブーツはいつかやりたかったんですよね。
めちゃめちゃ上手い現代的絵柄で有りながら、よく調べて当時の風俗や風習が描かれています。
前向きで真摯、素直で正義感溢れる元気少女が描かれ、素直に楽しめる一品。

苦役列車苦役列車
(2011/01/26)
西村 賢太

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いやぁ、私も賢太ファンになっちゃいました。
2011.01.03 最後の忠臣蔵
(月) 17:18 図書館列車書庫
最後の忠臣蔵<監督:杉田成道、出演:役所広司/佐藤浩市/桜庭ななみ、原作:池宮彰一郎【図書館列車書庫入り!】
 いやぁ、面白かったぁ。
 時代劇ってこんなに面白いんだと、深く堪能しましたよ。
 今迄「メタ的な」とか「お遊びで」「パロディです」とか、じゃあお前いつになったら本気でやるんだよ!! 予防線ばっか張りやがって無責任過ぎるだろ!! 的な創作が氾濫する中、きっちり本気で制作された映画です。

 感想は最後にネタバレタイムがあります。また後で告知します。

 まず十五代目片岡仁左衛門の大石内蔵助が要石となり、前半全ての説得力が担保されている。

 江戸時代の風俗や暮らしぶりが丹念に描かれ、
 日本の情景の美しさや侘びしさフェチにはたまらない景色の数々。
 それでいて「どうだ、時代劇でしょ」と前に出るでもなく背景に徹する臨場感の味わい深さ。

 静のシーンだけでなく動もある。武士の斬り合いは効果音、FPS(ファーストパーソンシューティング)感(=憑依するような感覚)もあり、目が覚めるようだ。この映画、音にハッとさせられることが多いんだよね。
 いきなり斬り合いに雪崩れ込み戸惑うが、それは佐藤浩市と共に観客が戸惑えるのでOKなのだ。だってそのシーンは佐藤浩市と共に観客が役所広司の心に触れようとするシーンであるから。


 W主演とのことだがそうでもない。が、むしろそれでいい。見るからに主演は一人だ。
 冒頭の佐藤浩市、風吹ジュンとのシーンは作業感が声に出てて良くない部分が出ていた。十六年間討ち入りの真実を遺族や民衆に語り続けた男にしては、語り口が洗練されていない。後半の橋の部分でようやく、別人のように良い声と演技。
 それに引き替え役所広司は最初から最後まで自然体。セリフが自分のセリフになっていた。

 桜庭ななみの可音は最初有らぬ方ばかり見ているので「盲目なのかな?」とか思ってしまった(笑)
 世間を知らぬ(≒役所広司しか知らぬ)生娘なので、映画経験の少なさはむしろぴったり。まぁこの辺は配役のお決まりですね。

 安田成美が演じる島原の太夫・ゆうも中々情が入っている。
 早くから舞台の世界に飛び込み、経験を積んだだけのことはある。
(舞台の告知はよく馬鹿力初期のCMで流れていた)
 ただ台本が良くない。うろ覚えだが「雪がしんしんと降り積もる中」なんて表現、普通云わない。それは地の文。
「十六年前でしたなぁ──。あの日は雪がぎょぅさん積もってましたなぁ……」
 とか口語にしないと。彼女にとって初めて出会った思い出の光景なのだから。


 映画での人形浄瑠璃の演目は、近松門左衛門作「曾根崎心中」。
 その悲劇的な悲恋は当時の若者達に多大なる影響を与え、「心中ブーム」の呈を成し、幕府により上演が禁止されるほどだった。
 人形浄瑠璃が差し挟まれる演出だが、これは「和風っぽいから」と安易に差し挟まれたものではない。
(自分はたまたま数年前に調べていたので知ってたけど、よく知らないと「そう思われてしまうな」と懸念する。やっぱ映画に予習は要るのだねぇ)

 元禄赤穂事件で討ち入りしたのは1703年1月30日の深夜。
 露天神にて大阪堂島新地天満屋の女郎はつと平野屋手代の徳兵衛が情死したのは1703年5月22日の早朝。
 情死事件を題材に近松門左衛門が「曾根崎心中」を制作し、道頓堀《とんぼり》の竹本座で初上演したのが1703年6月20日。

 そう、あの有名な大事件は同じ年の半年も置かずに起き、関西から日本中を揺るがしたのだ。それを天才・近松門左衛門がたった一箇月未満で上演に漕ぎ着けた。
 映画中でも竹本座で上演される。(パンフによるとロケは四国香川の金丸座だそうだけど)

 そしてこの映画は、忠臣蔵と云うより──曾根崎心中の「情死」が真のテーマだろう。
 武士という社畜として玉砕精神で人生と命をすり減らす話ではない。

じょう‐し【情死】 ジヤウ‥
相愛の男女がいっしょに自殺すること。心中(しんじゅう)。相対死(あいたいじに)。泉鏡花、愛と婚姻「―、駈落(かけおち)、勘当等、これ皆愛の分弁たり」。「―をとげる」

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店



 曾根崎は大阪の地名であり、お初天神はヒロインの名前から呼ばれた通称だ。
20110103_chika44.jpeg
 筒井康隆は小説は人を殺せてしまうと云う旨の発言をしたが、創作や表現とはそこまで影響を持ってしまう物なのだ。

~そろそろネタバレ~

 映画では最初「桜庭ななみ→役所広司」という一方通行の親慕の情が恋心に変わっていく様に「曽根崎心中」が重ねられていく。
 曾根崎心中を中途退出→役所が桜庭の足を洗うシーン→曾根崎心中で徳兵衛がはつの足に触れるシーンと重ねられるように。
(曾根崎心中では直接会えない状況になった徳兵衛が縁の下に潜り込み、投げ出されたはつの足に触れるシーンがある。待ち焦がれたはつがそれに気づいて、相手の顔も見えず言葉も交わせない状況だけど、情だけは通わせるという名場面なのだ)
 足に触れただけで情を通わせる二人の関係性は、そのまま二人の十六年の歳月を思い起こさせる。

 しかし「自分の身体であって自分の身体ではない、わたしの身体は忘れ形見」→「わたしは嫁いで、幸せになってみたい」と決断するに至り、その親愛は解消される。

 余談だが、お輿入れの際に次々に人が加わるシーンに一言セリフを入れたくなった。騒々しい夜中の輿入れに「なんや、討ち入りか?」みたいな木訥な住人のセリフを。
 そこで観客が「ああ、だから『最後の忠臣蔵』なんだ」と思えるような仕掛けってわけ。
 忠臣蔵以後、次々に人が加わる知名度ならそういう慣用句はあっても自然だし。


 雨の中佇む役所広司。曾根崎心中のラスト、情死のシーンが重なる。えっ無理心中とか!? みたいなドキドキ。
 色々あって無事にお輿入れも済み、そうではなかった。

 ──だが、佐藤浩市と安田成美は異変に気付く。

 佐藤浩市は気付くの遅い上、切腹を「おぬしは真の武士じゃ」的な勘違いをする馬鹿さ加減。
 安田成美は一枚上手でさりげなく一席を設ける。艶っぽい駆け引きもプライドもかなぐり捨て、女として役所広司をこの世に引き留める。
 福田里香先生のFOOD理論からしても、役所は佐藤たち武士と「最後の晩餐」を行なわなかった。佐藤には最後まで腹の底が見えなかったのだ。一席を設け、無理矢理でもこじ開けようと一献傾けた安田の方が彼の心の奥底に触れることが出来たのだ。だからこそ「髪の毛ひとすじ」に気付くことが出来た。

 よってあの最期。
 討ち入りした後切腹する忠臣蔵であり、床下に入った後情死する曽根崎心中でもある。
 役所広司は切腹ではなく──情死するのだ。
 露天神の森の二人のように、竹林の奥の隠れ家で、
 大石可留と。
(日) 17:06 図書館列車書庫
薄命少女<あらい・まりこ【図書館列車書庫入り!】
薄命少女  (アクションコミックス)
今日たまたま本屋に行って、久しぶりに四コマ漫画単行本でも買うか、と気軽に手に取った本。
「薄命少女」
こういうちょっとした出会いが本屋の魅力だ。

この人は他に「東京眼鏡」のみという寡作の人で。
今調べたらサイトを開設してて漫画も公開してはる!
氷食症……? 寡聞にして存じませんでした)

東京眼鏡 1 (バンブー・コミックス)東京眼鏡 1 (バンブー・コミックス)
(2007/10)
あらい まりこ

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「東京眼鏡」は片思い男子がさらりとひどい事を云われる笑い、というシンプルなギャグだった。
それでいて全体に流れるセンチメンタリズムは何なのだろう、と不思議に気になっていた。

それが「薄命少女」では「あと一年の命という設定」をネタとしてギャグを畳み掛け、
センチメンタリズムは実感を得て立ち上がってくる。

そして。
人との出会い、縁が絡み合っていく。


死をギャグのネタにするとは不謹慎ザマス、と云う前に読んで欲しい。
磨きが掛かった昭和のギャグセンス(上手い事を云う笑い、鼻提灯)を。
話の筋やギャグ自体はベタでも、完成度が高ければ全く気にならない事を。
この全てが愛おしい、愛せる登場人物達を。



ラストは号泣しました。
最終話は思わず二度見+一度=三度見直しました。
最終話一ページ目の退院から、最後の四コマ、裏表紙まで隅々までが、
お見事です。
一冊の本としてこの上なく美しい完結です。
(土) 23:32 図書館列車書庫
紫色のクオリア<うえお 久光>【図書館列車書庫入り!】
紫色のクオリア (電撃文庫)

天野さんにサイトトップのGIOGIOっぷりにぶふぉおと吹かれつつ。
二月頭に教えて頂いた小説を読んでみたら、これがとんでもなく好みの小説で。
描写やSFグルーヴ感、締めの結論も素晴らしい。

この作品は、ますやまもも様のご紹介で教えて頂きました。本当に有難うございました!
「片輪車」を書いた縁で知って読む事になった小説ですが、出会えて良かった。
「本格百合(←甘くない)SF」との事ですが、確かに。

以降、ネタバレかも? 注意。そうでもない気がするけど酔った脳みその判断なのでご了承ください。


人間がロボットに見える「毬井《まりい》ゆかり」。
ただこれだけの設定から、最大限にSF的応用が成される。

(余談だが、紫《ゆかり》には葵・茜という小学生の弟と妹が居る。名前は「絡新婦の理」四姉妹からか? 話としては遠いけど、認識論を扱う点で近い。女学園なので百合っぽい? し)

文庫版 絡新婦の理 (講談社文庫)文庫版 絡新婦の理 (講談社文庫)
(2002/09/05)
京極 夏彦

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Wikipedia見たら「1/1,000,000,000のキス」ばかり持てはやされているようだけど、
自分は「毬井についてのエトセトラ」からただ者じゃないと思ったよ。
一昨日に『なぜ、脳は神を創ったのか?』を読んで予習し、

なぜ、脳は神を創ったのか? (Forest2545Shinsyo 15)なぜ、脳は神を創ったのか? (Forest2545Shinsyo 15)
(2010/06/04)
苫米地英人

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昨日「【博士の自由な対談】苫米地英人×水道橋博士;USTREAM対談
(水道橋博士検査入院欠席でDr.苫米地がアシスタントの女の子に一人喋りしていた)
を見た自分にはタイムリーで。


生き物に見えない、というのは火の鳥にもあった「病」だ。
そこまでなら「持ち慣れぬ能力を持った者の悲劇」にすぎない。
「火の鳥 復活編」で描かれた域から出られていない。

火の鳥 復活・羽衣編火の鳥 復活・羽衣編
(2003/07)
手塚 治虫

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それが「7.毬井の才能」あたりから病理──病気の原理を匂わせるようになる。

72ページの「逆に見る」視点、
【極論すればゆかりにとって、あたしたちとプラモデルにそれほど大きな違いはないと。】
これ、Dr.苫米地が云う「自我を関数としたとき、何を入力しても同じ出力となる──自分にとってあらゆるモノの重要度が同じとなる状態」だね。
釈迦と同じ視点、悟ったときに見えるもの。

──悟った者を仏陀と呼ぶ。ゆかりは仏陀だ。

比喩ではなく、厳密に定義された言葉だから自然に適用できる。
仏教徒だろうが無神論者だろうが関係ない。
冷やして固まった水を、氷と呼ぶようなもの。

「悟り」を予習するなら以前見た苫米地登場回のミランカに、全て入ってます。
ミランカ[miranca] | 博士も知らないニッポンのウラ#36「スピリッチュアリズムのウラ」<苫米地英人>



途中に出てくる「肉袋に見える奴」は、仮観《けがん》に捕らわれて──
というか、素直に「沙耶の唄」と云うべきか。火の鳥繋がりで。

沙耶の唄 Nitro The Best! Vol.2沙耶の唄 Nitro The Best! Vol.2
(2009/07/31)
Windows

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仮観や空観《くうがん》に捕らわれない毬井ゆかりが、ちょっと不自然かも知れない。
ラノベキャラ的ヒロイン、て感じだ。
「肉袋に見える奴」の方が「人でなしだが、人間らしい」ように思う。

……が、まぁこの辺は目をつぶってもいい事かな。だって主人公は毬井ゆかりではないし。
かつてのアリスのように抜け殻の空観ではなく、肉袋のように仮観にならず、
中観《ちゅうがん》で居られる毬井ゆかりは、やっぱり「ヒロイン」で有らねばならないから。

「ヒーロー」のほうもちょっと「自我を捨てて滅私奉公するほど好きな理由」が弱いけど、その後の爆走が面白いので良し。


なぜ「ロボットに見える」のか。
構造が見えると云う事は、原理を理解すると云う事。
原理を理解すると云う事は、実証が出来る──実際に再現したり、手を加える事が出来ると云う事。

Fate/stay night (1) (カドカワコミックスAエース)Fate/stay night (1) (カドカワコミックスAエース)
(2006/05/24)
TYPEMOON西脇 だっと

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(この漫画は読んでませんが、文中では原作を想定)
人が命を人工的に産む事が出来れば、それは神の業だ。
泥からアダムを作り、アダムの肋骨からイブを作るなど造作もない事。
人体をパーツとして認識し組み替えられるのは「人で無し」、神──。
僕ら人の言葉で表現するなら、「そんな風に見られる対象」はロボットと言う他無い。
(現時点でバイオ方面はロボット工学ほど進んでいない)
だから「ロボットに見える」んだ。


毬井ゆかりが倒した一つのドミノ(比喩です)。
その一つのドミノが、素晴らしいスピード感で無数のSF応用を見せ、爆走する。
その展開・応用速度は読む者の脳細胞を「虎よ、虎よ!」並にフル回転させる。

「ジョウント」はもちろん「虎よ、虎よ!」から。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
(2008/02/22)
アルフレッド・ベスター

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「虎よ、虎よ!」は途中までは好きだけどラスト付近は普通かな。

認識論や量子物理学の行く先は、どうしてもID(インテリジェンス・デザイン)論の邪念が頭をよぎる。

神は沈黙せず〈上〉 (角川文庫)神は沈黙せず〈上〉 (角川文庫)
(2006/11)
山本 弘

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(山本弘先生にしては普通、出来はまぁまぁかな。最終結論への根拠が乏しい。説得力というか。人に勧めるのはちょっと難しい。これならMM9やアイの物語を勧める←注、読んだ当時の感想。今は忘れた)

その爆走の軽妙さは「夏への扉」を思わせる。

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))
(1979/05)
ロバート・A・ハインライン

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(これも今物語があふれかえった時代からすると牧歌的だけど、悪くない)

紫色のクオリアは充分SFだと思う。(これを「差し置いて」、つまみ食い程度のハルヒをSFと云わないでね)
ただクオリアの説明については神秘的すぎるかな。まぁそこで止めとくから野暮じゃないのは判る。

一つだけ苦言。
P273、一行目。「自閉症のようになった」。
これ駄目。良くされる誤解なんだけど、自閉症は引きこもりや無反応な人の事じゃないので。
ふさぎ込む、自分の殻に閉じこもるって意味合いだろうけど、自閉症はそう云う病気じゃないから。
「おっとり刀」が「おっとりしている」と真逆なように、全然違うから。

私もこれぐらいしかしっかり調べてない俄《にわか》だと指弾されても仕方がない程度の人間であり、偉そうな事云えないんだけど、ここだけこっそり直しといてください>うえお先生。


ラストシーンはあれで正解。あれがいい。
敢えてではなく、皮肉やパロディでもなく、あれがいい。
それが最終結論、物事の原理を知る「悟り」を越えた、真の「覚悟」であるから。
ジョジョの奇妙な冒険・Part6ストーンオーシャンにおけるプッチ神父の「保険付きの覚悟」は「悟り」に過ぎず、空条徐倫の「来いッ!」という言葉と共に、このラストこそが「覚悟」だ。
(木) 21:43 図書館列車書庫
二つ隣の市の配送センターにあるのは確認済み。配達店を夜討ち朝駆けしちゃおうかしら。

冬の終わり、青の匂い<百名 哲>【図書館列車書庫入り!】
冬の終わり、青の匂い (ビームコミックス) (BEAM COMIX)

「演劇部5分前」も良いらしいので、読んでから好みで選んで片方だけ図書館列車書庫に入れさしてもらいます。

たった六ページの「人糞」に爆笑、そしてやられました。
見事です。現状、今年最高の漫画と評価致します。
「ばかねこ」はそのまま「自分自身の馬鹿さ加減」への苛立ちと愛おしさがキャラクター化されているかのよう。
「サムライ戦隊 ブシドーファイブ」もいいね。おっちゃんがいい。レッドもピンクもブルーもいい。
「聴こえてくる歌」もいいんだこれが。仕事、現実、くだらない事。
伊集院を通して深夜ラジオへのリスペクトが成されてる。Twitterで「こんな作品がありましたよ」とツイートを送れるけど、送れない自分の勇気の無さにもじもじ。

キラ☆キラ吉田豪さんが花沢健吾について
「童貞を思い出にして笑い飛ばしてんじゃねーよ!!
(童貞の)現場の人間はもっと大変なんだよ!!」
魂の叫びだ。
……まぁ、自分に言わせりゃ「てめぇ彼女居るんじゃねぇかよ」だけど。


友達100人できるかな(3)<とよ田 みのる>【図書館列車書庫入り!】
友達100人できるかな(3) (アフタヌーンKC)

漫画を描く金子さん、勉強家の甲斐《カイカイ》、風呂屋の井森。
全部いいエピソードだなぁ……!
そしてヒカルちゃんに萌え。妖怪ぶるぶるみたいな口が可愛い。


かぶく者(7)<たなか 亜希夫>
かぶく者(7) (モーニングKC)

こわいよう(((( ;゚Д゚)))
本当に凄まじい画力です。これも漫画を突き詰めようとしていて目が離せない。



【盗作】 電撃文庫 「俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長」 がファミ通文庫 「バカとテストと召喚獣」を間違いなくパクってる!?:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)
ニュースサイトの画像を見る限り、自分も盗作だと思いました。
「バカテスのあのやりとりが好き」な人が脳内で熟成して、
「あんな小説が書きたい!」と書いたものではないと思う。

でも選考委員が盗作を見抜けなかったというのは酷だよ。ラノベとか全部読んでられない。
選考で食っていけるのならともかく、社会人は忙しいんだから。
まぁ編集者やラノベ作家なら売れてる作品ぐらいチェックしろとは思うけど。


前にブログに書いたけど、自分は「パクリだけで作品を作れないか」と考えた事があって。
それが「犬神使いと少年」でした。(動機はそれだけじゃないけどね)
実際は資料を適切に引用して完成させ、評価も頂き、あれはあれで良くやったと思うけど、
一つの理想として一字一句全てが他の本からのコピペでいて、全く新しい面白い本を目指していた。

それもこれも、小学生の時黒板の横にあった学級文庫、先生作り付けの小さな木の本棚にあった一冊の小説から。
ブンとフン<井上 ひさし>
ブンとフン (新潮文庫)

「ブンとフン」に登場する小説家がそうやって作品を作る人で、
それはひょっとしたら一周してクリエイティブなんじゃないかって思ってた。

最近図書館で井上ひさし先生追悼として特集コーナーがあって立ち読みしたんだけど、本で思いっきり遊んでた。
小学生時代に読んでいた文字の本と云えば、グレイルクエストのような「地の文が読者に語りかけてくる(馴れ馴れしく)」珍奇な本ぐらいで。
今読むと「ブンとフン」も大概ひどいメタ視点で遊びまくってる本でした(笑)
初めの方数ページ、点線で「のりしろ」あるんだよね。ご家庭の母ちゃんに見られたらマズい描写があるので、読んだ後はページを貼り合わせてくれって云うのりしろ。

そんな珍奇な読書体験じゃ、こんなひねくれた子が育ってもしょうがないやー。